国道113号線
南陽市−鷹ノ巣地区


古くから越後街道と称され人びとに利用されてきた国道113号線は、明治時代になると土木県令の異名を持つ三島通庸の命により、車道化工事が行われ、全区間車両の通行が可能になりました。

越後街道には、十三峠と称されるほど多くの峠越えを強いられる山岳道路です。車道化されたものの幾多の山を越え、多くの沢や川に沿った線形は、決して通行し易いとは言い難く、その輸送力も少ないものでした。

三島によって改良された道路も雪には無力で、年の半分は雪に閉ざされ通行不能となることから、小国町周辺は、長い間陸の孤島と称されるほどでした。冬季は、昭和に入って開通した米坂線が、唯一つの交通手段となり、これに頼るほかなく、まさに生命線として重要な役割を担っていたのです。また、冬季の積雪は半端でなく、少し前までは、その中間点にある小国町周辺は、陸の孤島と称されるほどでした。

明治の車道化以降も、木橋のコンクリート橋などへの架け替えなどの改良が、昭和の時代まで綿々と続けられましたが、昭和30年代に入ると、抜本的改良がスタートすることになります。

真っ先に手を付けられたのが、片洞門を含む区間で、昭和34年に供用開始されています。

網取トンネル、網取橋、子子見トンネルが設置され、落石と川への転落の危険が常につきまとい、すれ違いもままならない酷路が解消されました。

これを皮切りに、続々とトンネルが掘られ、また新しい橋梁がかけられ、おおむね昭和50年の声を聞く頃には、現在の線形になっています。

その後、現在に至るまで、新トンネルの掘削、道幅の拡張などの改良が続けられており、現在では快適な道路に生まれ変わっています。


※国道113号線に関しては、小国町のHPに、大変貴重な写真が掲載されていますので、
  是非ともご覧ください。
  小国町HP>資料とまちづくり>歴史・文化>小国町の近代化のあゆみ


   地 区 名 主な構造物 小国町HP 備 考
南陽市内       
手ノ子地区       
宇津峠 新宇津トンネル飯豊側    
宇津トンネル飯豊側         
宇津トンネル小国側    
明治道  
宇津トンネル〜旧間瀬橋    
旧間瀬橋・旧旧間瀬橋       
  旧上杉橋     
10   旧下杉橋    
11 沼沢地区      
12 明沢トンネル旧道 明沢、栗松トンネル・明沢橋     
13 旧明沢橋    
14 弁当沢地区 栗松澤橋         
15 辨當澤橋・旧辨當澤橋    
16 弁当沢トンネル旧道 旧道     
17   網取トンネル・網取橋・子子見トンネル  
18   片洞門     
19   旧網取橋   
20 箱の口 旧箱の口橋
21 旧落合橋
22 伊佐領地区          
23 朝篠地区 不動沢橋         
24 松岡地区          
25 赤芝峡 赤芝橋     
26 横根橋   
27 玉川口地区 旧大沢橋         
28 旧中ノ橋      
29 旧玉川橋       
30 八つ口地区         
31 荒谷トンネル旧道       
32 片貝トンネル旧道       
33 鷹ノ巣地区      
                                    承認済み

  



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